私は栃木県佐野市の生まれです。
現在、住んでいる横浜からはすべて高速道路で繋がっていて2時間程度の距離ですから、佐野は都心からアクセスの良い故郷です。
東北自動車道に入り北へ向かって走ると、広々とした関東平野が広がり、利根川を渡る頃には、遠く遥かな山並みにひときわ高く男体山が見えてきます。
栃木県に入って、真っ先に正面に出迎えてくれるのが三毳山(みかもやま)。この山を見るたびに、ああ帰ってきたんだなとほっとします。
『
みかも山の小楢の木の若葉のように美しい女性は誰の食器を手にするのだろうか、誰の妻になるのだろうか?と万葉集に詠われています。
その姿は、奈良の若草山に良く似ているともいわれていますが、仕事で奈良に行った折に自分の目で確かめてみたことがありましたが、本当にその通りでしたよ。
ここは自然公園に整備されていて、春には山の斜面いっぱいに愛らしいかたくりの花が群生します。"万葉自然公園かたくりの里"は私のお勧めのスポットのひとつです。
そして佐野市といえば、どこのお店に入ってもおいしい佐野ラーメン、初詣には厄除け大師、茶道を嗜む人ならいつかは手に入れたい伝統工芸、天明鋳物の茶釜など、(茶釜は無理でも、天明鋳物の一輪挿しは不思議と切り花が元気に長生きします)。 全国に自慢したいものはたくさんあるのですが、加えて、私の故郷の原風景の中に、佐野は絹織物の町としてあります。町外れのちょっとした空き地にも桑畑が見えましたし、機屋(はたや)という絹糸を染色する小さな町工場があちこちにありました。日本の伝統色に染めあがった絹糸の束は、空高く、何段もの物干し竿に掲げられて、それは鮮やかな美しい風景でありました。そして、染め上がった絹糸で機織りをするのは女性たちの仕事でした。日がな一日、せっせと機織りに精を出す女性たちは、歌を歌いながら仕事の疲れを紛らしていたのです。今では機屋さんも、機織りする女性の姿も、時代の流れとともに消えてゆきましたが、当時、歌われていた機織歌だけは人から人へと口伝えに歌い継がれ、今に残されていました。
♪機が織れないから機神さまよ どうぞこの手のあがるように
トンカラトン トンカラトン トンカラカラカラ トンカラトントン トンカラトン♪
日本各地に機織歌は残っていますが、佐野の機織歌の特徴として、シとファが抜けている日本音階で出来ているのに、その特有の濡れた暗さがありません。機織の作業に合わせたリズムはのんびりとしていて、明るく美しいメロディは、七夕伝説の織姫の纏う絹織物の光沢をも想わせます。 これは高校時代、音楽の先生が教えくださった歌を、ダ・カーポなりにアレンジしたものです。いつごろから歌われていたのか、実際に歌ったことや聞いたことのある人はいないのだろうかと探してみたことがありました。すると、なんと身近なところに、私の乳母さんが知っていたのです。この歌を子守唄代わりにも歌っていたというのですから、私がまだ物心もつかない頃、乳母さんに抱かれて聞いていたのかもしれません。 後にダ・カーポとしてプロの音楽の道に進むようになってから、自分たちのライフワークとして日本全国に伝承歌を探し回るようになったのですが、故郷のこの機織唄がきっかけとなったのだと思います。 因みに佐野の機織歌はダ・カーポの「僕らは歌追い人T」というアルバムの中に収めてあります。
故郷、佐野の女性たちに支えられて、毎年5月、新緑のさわやかな季節、佐野市文化会館で、"ダ・カーポコンサート"が開かれています。 事のはじまりは7年前、佐野でコンサートを企画制作している女性から、「故郷で、毎年コンサートを開きませんか」というお話をいただきました。すると、「どうせやるなら10年続けよう!エイ、エイ、オー!」と女子高の先輩、同級生たちが結集してくれたのです。この思い切りの良さ、前向き、情熱的、向こう見ず?佐野気質とでもいいましょうか。世代を越えて仲良く、一緒に温泉旅行に出かけたり、楽しみながら続いています。 なんとこれまで、彼女たちの口コミ、底力で大ホールは毎回大入り満員。 継続は力なりといいますが、回を重ねてゆくうちに、近郊、首都圏はもとより、遠くは広島の方からもコンサートに足を運んでくれるようになりました。 いつも佐野の女性たちの暖かい心意気に心から感謝し、いつも感動しています。
栃木県下ではダ・カーポが歌う県民歌が流れ、2007年には新たな佐野市民歌を作曲し歌っています。佐野市で産声を上げた一人娘の麻理子も、フルートとヴォーカルでダ・カーポの新メンバーに加わり活動しています。こうして家族で、音楽を通して、私の故郷とつながってゆけるということを、とても幸せに思っています。
【プロフィール】
ダ・カーポ
フォークデュオのダ・カーポは、榊原まさとし・広子の夫婦コンビ。1973年「夏の日の忘れもの」でデビュー。「結婚するって本当ですか」、「野に咲く花のように」、「ベストパートナー」を始めとする多数のヒット曲のほか、「童謡」「抒情歌」「フォークソング」「アコースティック」のアルバムも発表するなど、幅広いレパートリーを持つ。
1996年には広子の変形性股関節症の治療のために半年間、活動を休止するが、復帰後には闘病記「歩けるって幸せ!」(講談社)を出版。
2001年には、シングル、アルバム11種類(213曲)ものCDを発売。中でもNHK「新ラジオ歌謡・「みんなの歌」で放送された『よこはま詩集』は話題を呼び、「ヨコハマ遊大賞」を受賞。また2002年には「横浜文化賞奨励賞」を受賞した。
2007年8月にはデビュー35周年を迎え、記念のアルバム「home〜世界の名歌集」、新曲「青春のままに」からは、愛娘、フルーティストの榊原麻理子が正式なメンバーに加わり、親子3声のハーモニーは、美しくそして暖かで、これからのダ・カーポの新しい可能性を響かせている。
ダ・カーポオフィシャルホームページ http://business1.plala.or.jp/dacapo/

