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(C)いわむらかずお「14ひきのとんぼいけ」(童心社) |
栃木県那珂川町は2006年、那珂川をはさんだ旧馬頭町と旧小川町が合併して生まれました。県の北東部に位置し、豊かな八溝山地の自然と清流那珂川の流れに育まれてきた町です。八溝山地と言っても、地元以外では聞き慣れない方が多いことでしょう。筑波山からはじまり、栃木、茨城の県境に連なって、福島県との県境の八溝山に達する山地をそう呼ぶのです。同じ栃木県でも、日光や塩原、那須の山地とは、気候風土も植物や動物の分布も異なっています。
那珂川は那須の山々を源流として水戸市の北で太平洋に流れ出る美しい川です。季節には鮎釣りの人びとで賑わい、秋にはシャケが遡上することでも知られています。河畔には温泉宿が10数軒点在していて、旅人の疲れを癒してくれます。華やかな観光地はありませんが、落ち着いた昔からの人びとの暮らしと、豊かな里山の自然、そして、おだやかな人情のある町です。近年、都市からここに移り住む人が増えているのもうなずけます。
町内にはわたしの美術館のほかに二つの美術館があり、それぞれユニークな活動を続けています。まず、町の中心部、町役場のそばにあるのが「馬頭広重美術館」です。歌川広重の肉筆画、版画などの浮世絵、川村清雄の洋画などのコレクションを収蔵した町営の美術館です。コレクターは、大平洋戦争の終戦直後まで隣の大田原市に在住していた青木藤作氏です。建築設計は今人気の建築家、隈研吾氏で、乾徳寺、馬頭院、静神社、といった社寺の森を背景にした、その意表をついたデザインは一見の価値があります。学芸員たちが年10回ほどの展示替えを工夫しながら、ファンを楽しませてくれています。
広重美術館から絵本の丘美術館に向かう途中、小口地区にあるのが「もうひとつの美術館」です。約120年の歴史に幕を閉じ廃校になった小学校の校舎を再利用し、地元の人たちによるNPO法人が運営する美術館です。知的ハンデキャップをもつ人たちのアートを中心に、作品に出会う場、サポートする場を目指して活動を続けています。訪れる度に、展示作品の自由で力強い表現に圧倒されます。また、120年もの間こどもたちが磨きつづけた木の床の深い味わいも心にしみてきます。
もうひとつの美術館から小砂方面に数百メートル進み案内板に従い左折、急な坂道を登ると、見晴らしのいい丘の上に出ます。「いわむらかずお絵本の丘美術館」は、日光連山や那須の山々を望む那珂川の河畔に建っています。遥かな山並みに沈む夕日の美しさは格別です。絵本、自然、こどもを活動のキィーワードに、広い散策フィールドを持った絵本美術館です。2008年4月開館10周年を迎えます。
1975年、東京を離れ栃木県に移り住んできたわたしは、絵本の舞台でもある里山の自然のなかで家族と暮らしながら絵本を描いてきました。生きものたちと出会う喜びを創作の源にしてきたのです。しかし近年、大事な読者であるこどもたちが、自然の実体験から遠ざかる方向へ世の中が進んでいくようになりました。こどもの時代、自然の体験から得ることの大きさは計り知れません。わたしは家族と話し合い、絵本の世界と自然の実体験がともにある、そんな場所を作ろうという計画を練りはじめたのです。
美術館建設の候補地を探しているとき、馬頭町の人たちが推奨してくれた場所は、那珂川に向かって突き出した美しい丘でした。そこには、雑木林、草地、桑畑、やぶ、田んぼ、ため池、小川など、里山を構成する要素がほとんどそろっていました。さらに、隣の丘には三代前から耕作をつづけてきた佐藤幸男さんの農場がありました。フィールドに農場が欲しい、計画のはじめからわたしは願っていました。生きることの基本的なことを見失いつつある今、いのちの営みの中心「食」、食の中心「農」を、こどもたちとともに体験したいと思っていたからです。私たちの願いを聞いてくれた佐藤さんの参加でこの夢のような計画が実現したのでした。
美術館では、わたしの絵本の原画や制作過程のスケッチなどの展示と、わたしと他の絵本作家や自然写真家との二人展など、年3、4回の企画展をつづけています。ホールでは、月2回のわたし自身による「朗読とおはなしの会」や、音楽会、ミュージアムトークなどを開催、フィールドでは、生きものの観察会や、「たねまき」「しゅうかく」「いねかり」「もちつき」などの農場イベントをつづけています。
絵本作家のわたしは、この丘を舞台に、ここに生きる者たちを主人公にした絵本を描くことで、「えほんの丘」をさらにイメージ豊かな場所にしようと創作をつづけています。
【プロフィール】
いわむらかずお [絵本作家]
1939年東京生まれ。東京芸術大学工芸科卒業。
1975年東京を離れ栃木県益子町の雑木林の中に移り住む。
「14ひきのシリーズ」(童心社)や「こりすのシリーズ」(至光社)は国内だけでなく、フランス、ドイツ、台湾などでもロングセラーとなり、世界の子どもたちに親しまれている。
「14ひきのあさごはん」で絵本にっぽん賞、「14ひきのやまいも」などで小学館絵画賞、「ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ」(偕成社)でサンケイ児童出版文化賞、「かんがえるカエルくん」(福音館書店)で講談社出版文化賞絵本賞受賞。
1998 年4月栃木県馬頭町に「いわむらかずお絵本の丘美術館」を開館。絵本・自然・子どもをテーマに活動を始めた。
いわむらかずお絵本の丘美術館 http://www.ehonnooka.com/
那珂川町馬頭広重美術館 http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/batou/hp/
もうひとつの美術館 http://www.mobmuseum.org/

