水谷八重子

初めて、佐野市を訪れた。

何故、佐野市なのか・・・人の縁って不思議な物だ。

かなり前のことだ。たぶんずっと前のことだ。

「千の風になって」と云う歌と、秋川雅史と云う歌い手が、どんどんクローズアップされて、とうとうNHK紅白にまで上がり始めた。

知り合いの紳士に私が聞いた。

「いったいこの歌と歌い手はどこから出て来た方なんでしょう?」

紳士が答えた。「あるパーティーで知り合ったんですがネ、不思議な人ですよ」まだあまり名も知られていなかった秋川さんは、そのパーティーで、その紳士にこう云ったのだそうな。

「ゼッタイに紅白に出ますからー」と。

そして翌年の紅白に登場。

「行ってみませんか、不思議なパーティーですよ。」と誘われてパーティーに出かけた。

秋川さんの姿はすでに無かったが、不思議な女性と知り合った。

ハーブを育てていると云う。そして、私の芝居を見に来てくれると云う。

そして実際に来てくれたー

バスを仕立てて、大勢誘って来てくれた。

次の芝居にも、ディナーショーにも、バスで大勢来てくれた。

ハーブって云えば「バジル」ぐらいしか頭に浮かばない私なのだ。ディナーショーのオシャベリで「6月の森でハーブをつくっていらっしゃる友人です」って紹介して「今は何のハーブが採れますの?」マイクを向けられて、彼女は躊躇しつつ「ハイ、今は・・・ノルーベリーですッ」

一度、訪ねて下さい、是非。と彼女は云った。

こんなに、約束を果たして下さる彼女との約束を反故にすることは出来なかった。

一月の芝居が終ったら伺うわ・・・と約束した。

どうせ入らして下さるのなら、みんなの前でお話を・・・と云うことになって、茶話会のような物を想像していた。

立派なポスターが送られて来た。

「八重子さんを私の町のみんなに知って貰いたい」って・・・何と佐野市の市民会館で市民大学学習カレッジで語ることになってしまった。しかも演題は「人生を語る」だ。

彼女に「何を話して下さるの?」って聞かれたとき、とっさに何の考えもなく「ま、人生でも語りますか」と無責任に云ってしまったのだ。

さあ、大変。一生懸命の彼女に恥をかかせては大変だ。そうこう悩むうちに、その当日が来てしまった。

「新派」と云う芝居と劇団を少しでも知ってて貰いたいと、常にPR出来る機会を持っている私だ。無理して人生を語るより、素直に新派について語って聞いていただこう、と度胸を据えて佐野に着いた。

市民会館に溢れるように皆さんが集まって下っている。軽い気持ちの足がすくんだ。

ご紹介を受けて、一歩舞台に出たとたん、もう何の心配もいらなかった。客席の皆さんが、待ってましたとばかり暖かく包み込んで下さった。いろいろとしゃべった。しゃべりまくってしまった。「そう、そう、そうなのね」と、お客さまは真剣に、時には笑って、私のヘタなオシャベリに付いてきて下さった。立派な会館だった。大きな(しかし大きすぎない)舞台だった。

「オシャベリだけでは勿体ない。今度は是非、芝居で呼んで下さいませね」大きな拍手が答えて下さった。

これが佐野市だ。佐野市って暖かいんだ。

どんな観光名所、名勝古跡よりも、住む人の温かさがその土地の宝物だ。

会館からの帰り道、私のリクエストに応えて、古い町並みを案内して下さった観光課の方の行き届いたご親切。古い建物を大切に守っている町の優しさ。

人の心遣いの滲み出た町、そんな風に心にしみ通った。

夜になって、佐野市との縁を作ってくれた彼女の住み家「6月の森」に連れて行っていただいた。やっと、約束を果たせるのだ。

一面のハーブとブルーベリーの農園を思い描いていたから、ビックリしてしまった。

ディズニーのお城のような建物。

なるほど、なるほど。ハーブと果物、お花に囲まれての結婚式場でもあったのだ。

遅い時間なのにもかかわらず、私の歓迎会をして下さった。美味しかった。嬉しかった。そしてまた、お約束をしてしまった。今度は昼間のハーブ園を拝借に参りますと、その時には、かたくりの里にも連れて行って下さいと・・・。温かさに包まれて佐野市を後にした。ちょっぴり「いもフライ」に想いを残しながら・・・。


【プロフィール】

水谷八重子水谷 八重子(みずたにやえこ) [女優]

女優。東京都生まれ。父は14代目守田勘弥、母は初代 水谷八重子。

女優として映画、テレビ、舞台で活躍し、数々の賞を受賞。
新派の「佃の渡し」、「深川不動」、「滝の白糸」などが代表作として評価が高く、1973年には文化庁芸術選奨最優秀賞を受章。
1995年、2代目水谷八重子を襲名し、新派の大黒柱としての役目も担う。
文筆にもその才能を生かし、暮しの手帖に連載のエッセイは2000年、2001年、2002年と続けてベストエッセイ集に選ばれる。
朗読の世界においても新境地を開き、瀬戸内寂聴 訳「源氏物語」のライブをはじめ、泉鏡花 作「義血侠血」のCD を発売するなど、2001年には芸術祭賞優秀賞を受賞。
最近は新派の舞台の傍ら、NHK「コメディー道中でござる」、「ためしてガッテン」、「きよしとこの夜」、「スタジオパークからこんにちは」、NTV「おもいっきりテレビ」などにも出演。
2001年紫綬褒章、2009年旭日小綬章を受章。


オフィシャルウェブサイト http://yaekomizutani.com/

公式ブログ http://funnygirl.exblog.jp/