梅の花がほころび始めた早春の頃に栃木県出身の作家、立松和平さんがお亡くなりになったという悲報を知らされた。
私は、立松さん原作の小説「遠雷」が映画化されたとき、その主人公を演じました。舞台は今から30年程前の栃木県宇都宮市近郊、都市化される農村で小さな農地をどうにか守っていく若者を私は演じた。
荒井晴彦さん脚本、根岸吉太郎さん監督のこの映画にどうしても出演したかったのです。 それは、「遠雷」に描かれていることが自分の生まれ故郷の千葉と重なることがあったからです。当時、宇都宮や千葉に限らず東京近郊の土地ではどこでも起こっていたことだと思います。
昭和31年に生まれ、日本の高度経済成長の真っただ中に千葉市の東京湾のそばで育った私は、子供の目線で土地が変わっていくのを見てきました。私の生家の周りの道路は県道などの幹線道路以外は舗装されておらず、子供たちの格好の遊び場でした。年齢に関係なく群れて遊んだ、石けり、ビー玉、メンコ、缶けり、水たまり、土の道が子供たちのステージでした。近くの東京湾は遠浅の海で潮が引くと沖の方まで歩いて行け、そこでアサリやハマグリ、エビなどが簡単に取れました。
当時の千葉は半農半漁で生活している人が多く、近くに田畑も多かった。田んぼの用水路ではドジョウなどを捕ったりして遊びました。子供が遊ぶには事欠かなかったし、子供をみんなが育てるという地域のつながりも強かったと思います。
それが、東京オリンピック前後から道は舗装され、海は埋め立てられていった。最初は子供心に千葉の田舎も東京並みになるのかと興奮したが、気がつくと遊び場を奪われていました。
半農半漁で暮らしていた大人たちも補償金などをもらい半農半漁の生活が終わりました。 しかし、大きな工場が出来たり団地などが建ったり経済は豊かになった。その恩恵をうけ私も大人になりました。生活が物質的に豊かになり便利になることに疑問を余り抱きませんでした。
実際、私も、小さな部屋に親子4人で生活しテレビが宝物のような時代から、親が一所懸命働いて家を新築し自分の部屋を持ててとても喜びました。好きな野球も大学までやらせてもらい、高度経済成長の恩恵を一番受けた世代だったのかもしれません。
その反面、失ったものもたくさんあることに気づかせてくれたのが立松さんの「遠雷」でした。物質の豊かさ、便利さより必要なことがあることを、これからの時代はそれを失っていくということを「遠雷」が30年前に教えてくれました。
私は30歳を過ぎて米作り体験を始めた。きっかけは子供が生まれたことでした。
東京に住んで子育てをして気がついたのが、子供たちにとって物が最初からあって当たり前、ないのが不思議の時代になったということです。例えばコンビニのおにぎりは常にあの棚にあり、なくなることのほうが珍しい。(陰ではコンビニの方の大変な努力があるのですが)
せめて自分が食べるものがどのように出来るのかを体験させたかったのと、泥にまみれて思いっきり遊ばせたかったのです。東京での生活は人と土とが遠く離れてしまった、豊かな土が私たちの生活の基礎だということに遊びを通して子供に身体で感じてもらいたかったからです。
米作り体験は18年続けてきて、おととしからは畑を借りて会員制で「ちょっとだけ自給自足の会」というのを始めました。遊休農地になった畑を借りてみんなで作物を作っています。会員制にしたのは借りた畑が余りにも広かったのからです。大学時代の友人が近くで農業をやっていて、彼が遊休農地対策で一緒にやろうと言ったのですが、彼と二人だけでは大変なのでいろいろな方に農業の楽しさ、厳しさ、土の大切さを感じていただこうと思い会員制にしました。
これからの時代は忘れてしまったものを取り返す時代かもしれない。例えば自分の身体を駆使して食べ物を得る喜び、何千年と営んできた行為を私たちは忘れてしまいました。 お金を出せば世界中の食べ物を手に入れられるかもしれないが、自分の身体を使って土と太陽と雨風が育てた野菜のおいしさを多くの人に知ってもらいたい。
今、日本の農業はいろいろな問題を抱えています、これらの問題は農業者だけでは解決できないことばかりだと思います。少しでも力になることは私たち消費者がもっと農業に関心を持つことだと思います、いや私たちが農業に関心を持つだけではなく自分自身の能力に気がつくことかもしれません。きっとほとんどの人のDNAは食べ物を自分の身体を使って得るということがすりこまれているはずと思います。
栃木県は山、川、平野に恵まれ農業も盛んですし、体験型の農場も多くあります。私も鹿沼の農家の方たちと組んで体験型の農場を計画しています。素晴らしい昔からの知恵、経験をもっている農家の方々と一緒に土と共に生きる喜びを発信し多くの方に農業を楽しんでもらいたいと思っています。
最後に立松和平さんのご冥福をお祈りいたします。
立松さん本当にありがとうございました。
【プロフィール】
永島 敏行(ながしま としゆき) [俳優]
俳優。1956年千葉県生まれ。俳優として映画、テレビ、舞台で活躍し、数々の賞を受賞。93年に秋田県十文字町で米作りを体験し、以来都会の人達が「自給自足」を学ぶ為の米作り体験、農業体験教室を始める。また、生産者と消費者の交流の場として「青空市場」を2004年から都心で開催し、05年に有限会社青空市場を設立。東京国際フォーラムにおいて定期開催が定着している。全国各地で農業に関する講演やシンポジウムを行う。
「青空市場」の活動はホームページへ。 http://www.aozora-ichiba.co.jp

