ボクの塩原〜この20年〜:矢崎 滋

塩原渓谷

東京生まれ東京育ちのボクが、ようやくたどり着いた、憩いの場所、それは、栃木県の塩原でした。

20代から30代にかけて、遊びに行く場所はというと、海が多かった、特に千葉・房総半島が多かったような気がします。山より海のほうが好きだったような、記憶があります。

それが、いつしか、山のほうへ向かうようになっていました。

東京からのドライブで、山へ向かう場合、川口から東北自動車道を選ぶ人と、大泉から関越自動車道を選ぶ人がいると思います。ボクは東北道でした。

山形・福島、大好きです。栃木では、なんといっても日光東照宮。ボク、10年ばかり前から落語をやりだしたこともあって、大の江戸時代ファン、徳川家康ファン、全国の東照宮巡りが趣味のひとつで……あ、これはまた別の機会に書きますね。あと、那須・鹿沼などに多く行っています。だけど気がついてみたら塩原、だったのです、40歳少し前くらいだったでしょうか?

塩原

塩原に傾いたわけは、大きく言って、二つのビッグポイントとの出会いにあります。いえ、正確に言うと、二人の方との出会い、とてもとても大きな出会いがその理由、と言ったほうがよいのではないかと思います。このお二人のうち、どちらに先にお目にかかったのか、よく思い出せないのです、何せ20何年か前の、ほとんど同じ時期、じゃあないかと…。

お一人は、塩原元湯温泉「ゑびすや」さんの大女将、佐藤利加子さんです。

もう一人は、「塩原ファミリー牧場」の八木沢耘平さんです。塩原ファミリー牧場は、東北道の西那須野塩原インターを出て、塩原温泉に向かって、5分ばかり走った右側にあります。ここで、同好の友人らと、ショートゴルフをやったり(ボク、ゴルフ、めちゃくちゃ下手なんです)、レストランで食事をしたり、カナディアンという喫茶でコーヒーを飲んだりするようになりました、これが20何年か前。

そんなふうに通っているうちに、八木沢さんとお話をするようになっていったのです。ボクより10歳も年上の八木沢さんは、その地域、関谷・下田野の名士にもかかわらず、飾らず気取らず、大変やさしい方です。

塩原

当時、ボクのテレビとかの露出度は結構高く、チヤホヤされてすごく嬉しいこともある反面、人疲れしてしまって泣きたくなるような面もありました。ところが八木沢さんは、あちらから話しかけてくることはめったになく、こちらの状況を、よく判断してくださる方です。思えば、サイン色紙も、八木沢さんのところにあったかどうか…、というくらい。そういう方ですと、ボク、こちらから話しかけます。気配りの方大好きだからです。

最近では、八木沢さんのところで、将棋やってます。ボク、将棋を始めたのは5年前です。まったく初心者です。一方、八木沢さんの将棋仲間の方々は、とても強い、話にならないくらいに強いです。ボク、うんとこさ、負ける日々が続きます。八木沢さんの関係で借りたアパート(別荘と言うよりは物置かしら…)で、一人悲しみに沈みます、ちょっとオーバー?

唯一の救いは、八木沢さんの弟さんの体が空いているときです。この方、勝あんちゃん、とボクは呼んでいるんですけど、勝あんちゃんと将棋をすると、ボク、勝ったり負けたり負けたり、勝ったり負けたり負けたり、まあまあ過ごしやすい人生です。

温泉

話変わって、ゑびすやさん。大女将の利加子さんの、あたたかく包んでくださるような雰囲気に惹かれて、常連になりました。利加子さんもやはり、とてもとても気遣いの方で、すごく、ほっとき上手、です。この塩原元湯温泉ゑびすやさんをご存知の方は多いと思いますが、ボクは、日本一の温泉だと思っています。腰痛・坐骨神経痛にすごくよく効きます。この温泉は、飲むこともできるんです。女性陣にいわせると、便秘にすごく良いそうです。若女将考案の温泉粥、とてもおいしいです。この温泉粥は、お湯の関係などで、そうなるらしいのですが、普通より黄色味がかっています。でも味はバツグンです。朝、目覚めの一膳目が、このお粥だと、なんだかその日一日、やる気がわいてきます。まったく大げさではありません。

とにかくゑびすやさん、お湯が素晴らしいので、まだご存知ない方は、一度行ってみてください、ぜったい騙しませんから。ただし、ご家族だけでやってらっしゃるので、必ず予約してからにしてくださいね。アットホームな感じが、のほほほんびりさせてくれます。

ほんとうに、ホントに、本当に、ゆっくりできる宿です。空気が澄んでいますから、星が、とってもキレイに見えます。星が降ってくるとは、こういう事なんだな〜って、見るたびに思います。そして、人間の悩みなんて、小さくて、くだらない物に思えてくるのです。

以上、ボクの塩原〜この20年、でした。


【プロフィール】

矢崎 滋矢崎 滋(やざき しげる) [俳優]

1947年 東京生まれ。
父は言語学者で東京教育大学教授だった矢崎源九郎。
自らも東京大学英文科に進むが、演劇の世界に目覚めて中退し、劇団四季へ。「ブラックコメディー」等に主演。
'74年にフリーとなり、井上ひさし作「小林一茶」「イーハトーボの劇列車」等に主演。
'87年に東京芝居倶楽部を設立し、イギリス喜劇「ノーセックスプリーズ」「ノイゼズオフ」等を企画・演出。
その後、軽演劇を目指して、オリジナル作品「正しい暇のつぶし方シリーズ」「すずらん通り商店街シリーズ」を企画・演出・出演。
'98年から落語も。'09年に池袋演芸場寄席2月上席に出演。

 

 

主な主演作

テレビ NHK「雲のじゅうたん」「やらまいか!」「官僚たちの夏」
TBS「オサラバ坂に陽が昇る」「淋しいのはお前だけじゃない」
テレビ朝日「クイズプレゼンバラエティーQさま!」「終着駅シリーズ 殺人同盟」
舞台 '01 帝国劇場・中日劇場「質屋の女房」に、森光子さんの夫役として出演。
'03 芸術座「夫婦漫才」に、十朱幸代さんの夫役として出演。
'07 新宿シアターアプル・大阪厚生年金ホール・中日劇場・他
   「Mr.レディ Mr.マダム」に、左とん平さんの妻(ゲイ)役で出演。
著書 「ボクの、こだわり。」文化出版局刊
翻訳 「映画の演技」マイケル・ケイン著 劇書房刊
講演 「ボクの役者人生」というタイトルで、年間20回程。