御成橋 おなりばし

御成橋は、かつての宿場町「鹿沼」の黒川に架かる橋で、現在一般的に呼ばれている「例幣使街道」(中世では楡木から今市間は「日光道中壬生通り」と呼ばれていた)の日光杉並木の南端、つまり旧日光神領堺に最も近くにある橋です。現在では「世界遺産日光の社寺」へ至る、鹿沼から日光への北の玄関口として、古くから市民に親しまれている橋です。
この橋は江戸時代、将軍が初代家康の廟である東照宮に参拝する際に、当時の橋を渡ったこともある由緒ある橋で、 「御成橋」の橋名は、将軍が日光に「お成り」(日光御社参や御法会)の際、新しく橋を架け直したことに由来していると言われています。この時将軍は、鹿沼宿で休憩したこともあったそうです。
現在の御成橋は、日光御社参や鹿沼宿等をテーマとした、灯籠形の親柱、杉並木の透かしのある高欄、ユネスコ無形文化遺産に登録された「鹿沼今宮神社祭の屋台行事秋祭り」の屋台の絵を施した歩道、将軍のお成りの様子を絵にした時計台など、数々のモチーフを用い、特徴あるデザインに仕上げてあり、橋の由来や町の歴史・文化が窺える橋となっております。
【インフラスポット】参考:「かぬま郷土史散歩」(著者:柳田芳男)

■路線名:国道 121号
■交差物:一級河川 黒川(くろかわ) 
■橋長(最大支間長)径間数:82.00m(27.10m)3径間
■上部工形式:3径間連続PCコンクリート中空床版桁橋
■下部工形式:直接基礎逆T式橋台 2基 直接基礎壁式橋脚 2基
■架設年:平成10(1998)年
■管理者:栃木県鹿沼土木事務所

橋の歴史
●江戸時代初期:江戸時代に将軍が日光へお成り(日光御社参や御法会)の際、黒川を渡る都度、新しく橋を架け替えさせた。
●寛文3(1663)年:四代将軍徳川家綱が将軍として最後に御成橋を渡る。
●明治29(1896)年:新橋架設(長さ65m、幅4mの木造橋)
●大正5(1916)年:新橋架設(長さ74m、幅5mの木造トラス橋)
●昭和10(1935)年:これまでよりやや上流に新橋架設(橋長74.5m、幅員7.6mの鋼下路式ワーレントラス橋)
●平成10(1998)年:新橋架設(現在の橋。橋長82.0m、幅員17.0mの3径間連続PCコンクリート中空床版桁橋)

周辺観光情報

基本情報

住所 栃木県鹿沼市御成橋町2丁目~御成橋町1丁目
電話番号 0289-65-3211 (鹿沼土木事務所)