海尻橋 うみじりはし

「海尻橋」が架かる一般国道121号は古来「会津西街道」と呼ばれ、会津から日光参拝への道筋として道路や宿場が整備されるとともに、会津と江戸を結ぶ最短路として物資の輸送や関東からの出羽三山詣にも利用された道路であります。
本橋付近は江戸時代の天和3(1683)年に発生した日光大地震により隣接する葛老山が崩壊し、河川がせき止められたことにより「旧五十里湖」が出現し以降40年間存在しましたが、亨保8(1723)年の暴風雨により決壊し、下流地域に大きな被害をもたらしました。
現在の「五十里湖」は、昭和31(1956)年に完成した五十里ダム建設に伴う付替道路の一部として「海尻橋」は昭和30(1955)年に建設された橋長117.25m、幅員6mのランガートラス橋です。
本橋はダム建設時に「五十里湖」が最も狭くなる場所に計画されましたが、右岸側は崩壊地であり、橋梁計画時の地質調査や橋梁構造検討には慎重を極めたといわれています。
なお本橋付近はかつての「旧五十里湖」の天然ダム部分にあたるため、「海尻」の名が起こった所であります。
建設されて以降、栃木県北西部地方と福島県会津地方を結ぶ国道121号として、長く交通の重責を担ってきましたが、平成15(2003)年に「五十里バイパス」が供用された後は、五十里地区の生活道路として現在も活躍を続けています。
【インフラスポット】
参考:土木学会栃木会HP、五十里ダム工事報告書、藤原町史

■路線名:国道121号
■交差物:一級河川 男鹿川(五十里湖)(おじかがわ・いかりこ)
■橋長(最大支間長)径間数:117.25m(105.0m)2径間
■上部工形式:鋼単純下路式ランガートラス橋 + 鋼単純鋼床版鈑桁橋
■下部工形式:直接基礎重力式橋台 2基 直接基礎壁式橋脚1基
■架設年:昭和30(1955)年
■管理者:栃木県日光土木事務所

橋の歴史
●寛永20(1643)年:保科正之が会津入封、以降会津西街道の整備が促進される。
●天和3(1683)年:日光大地震で山崩れが発生し、「海尻橋」付近で河川がせき止められ「旧五十里湖」が出現する。
●亨保8(1723)年:この年発生した暴風雨により「旧五十里湖」が決壊する。
●昭和25(1950)年:男鹿川の洪水調節や発電、かんがい等を目的とした五十里ダムの建設が始まり、それに伴う付替道路として「海尻橋」も着工する。
●昭和30(1955)年:「海尻橋」供用開始、旧橋梁の直上付近に建設された。
●昭和31(1956)年:五十里ダム完成。
●平成15(2003)年:国道121号「五十里バイパス」が供用、主な交通はバイパスに転換する。















 

周辺観光情報

基本情報

住所 栃木県日光市五十里~西川
電話番号 0288-53-1211 (日光土木事務所)